国際取引の英文契約:準拠法・紛争解決条項のポイント
このコラムは、国際取引で英文契約を締結する企業の担当者向けに、準拠法・紛争解決条項のポイントを解説する。
準拠法・紛争解決条項は、通常契約書の最後の方で定められ、条項の内容も定型的なことが多いが、契約書の解釈や紛争解決時のコストに大きな影響を及ぼし、かつ両契約当事者の利害が真正面からぶつかり合うことが多いため、重要な交渉テーマになりやすい条項である。
準拠法・紛争解決条項とも、自国の法律・裁判所を定めるのが有利と思っておられる方が多い。多くの場合、その理解は正しい。もっとも、契約当事者の利害が真っ向から相反するため、双方が自国の法律・裁判所を主張しつづけ、最後まで交渉がまとまらない場合は、準拠法・裁判管轄をそれぞれ譲り合う(すなわち、一方が自国法を準拠法とし、他方が自国の裁判所を管轄裁判所とする)といった、本来的にはあまり好ましくない手法で妥協するケースも見受けられる。
しかし、そもそも自国の法律・裁判所を定めるのが有利という認識が常に正しいわけではなく、準拠法・紛争解決条項を定める上で考慮すべき要素は数多く存在する。また、強制執行の場面を考えると、自国の裁判所を専属管轄裁判所に指定した結果、一方的に不利な立場に置かれるケースもある。準拠法・紛争解決条項を交渉する上で念頭に置くべき事項は多々存在し、それらを理解した上で契約交渉に臨むことで、自社の利益に適った契約交渉が可能となる。
1.準拠法(Governing Law)
(1) 条項のサンプル
This Agreement and any dispute arising out of or in connection with it shall be governed by, and construed in accordance with, the laws of XXX, without reference to the principles of conflicts of laws.
(和訳)本契約およびそれに基づきまたは関連して発生する一切の紛争は、抵触法の原則を除きXXXの法律に準拠し、それに従って解釈される。
(2) 解説
(i) 契約書に準拠法条項を置く意味
国内取引の契約では、通常、当然に日本法が適用されるため、準拠法条項を置くことは多くないし、それで不都合は生じない。しかし、国際取引では、複数の法域(Jurisdiction)をまたぐため、どの法域の法律が適用されるのか、という問題が出てくる。なお、法域(Jurisdiction)とは「1つの独立の法体系が妥当している地域的単位」のことだ。日本国は単一の法域だが、世界には複数の法域を有する国もある。例えば、米国は各州ごとに独立の法域であり、英国はイングランド・ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの3つがそれぞれ別の法域であり、かつ海外領土であるケイマン諸島なども独立した法域である。中国も香港とマカオは中国本土とは別の法域である。このように、複数の法域を含む国家は少なくなく、その場合は、準拠法を法域レベルで指定する必要がある。なお、次に出てくる裁判管轄でもJurisdictionという用語が出てくるが、これは、「裁判管轄」という意味だ。
国際取引の契約でも、準拠法条項を必ず置かなければいけないわけではなく、準拠法条項がなくても、法廷地の国際私法に従って契約準拠法を決定することはできる。例えば、日本で訴訟が提起された場合は、日本の国際私法である「法の適用に関する通則法」(以下「法適用通則法」)で準拠法が決定される。従って、準拠法条項は必須ではないのだが、準拠法次第で契約書の解釈が変わってくることもあるので、裁判になるまで準拠法がはっきりしないというのは非常に不便である。このため、現在ほとんどの国際取引の契約書では契約準拠法が明示的に定められる。
(ii) 準拠法条項の書き方
英文契約での準拠法条項のサンプルは上に書いたとおりである。
他方、日本語の契約では、簡単に「本契約の準拠法は日本法とする。」とだけ書くことも多い。これを英語に直訳すると、「This Agreement shall be governed by Japanese law.」となろうが、これだと、不法行為など、契約違反以外の請求原因を主張された場合に、準拠法選択の対象外になるのではないか、という疑問が生じうる。このため、英文契約では上記のように、「This Agreement and any dispute arising out of or in connection with it」と、本契約に「関連する」紛争も対象に含まれると明記することも多い。また、「without reference to the principles of conflicts of laws」の部分は意味が分かりづらいが、準拠法として適用した国の国際私法は参照しない(準拠法指定の対象外)、という意味である。これは、「(準拠法として指定した)XXX国の国際私法を適用すると、Y国が契約準拠法になるため、結局Y国が契約準拠法である」といった主張をされてしまうことを防ぐ狙いである。
(iii) どの国の準拠法を契約準拠法とするか
一般に当事者は自国の法律を契約準拠法とすることを希望することが多い。通常、自国の法律だからといって、自社を有利に取り扱ってくれるわけではないが、自国法が圧倒的になじみのあることが多く、法律専門家へのアクセスも、自国法の専門家の方が圧倒的にアクセスしやすい。このため、自国法を準拠法に指定しておくのが便利であり、余計なコストを避けられる。もっとも、この点は通常相手方当事者も同じであるから、双方が自国法を準拠法とするよう求めることになり、そうなると交渉はまとまりづらい。
第三国の法律を準拠法と指定することもある。この場合、どちらの当事者にとっても外国法を指定することになってしまい、自国法を指定することによる便宜は放棄することになるが、公平ではある。その場合は、ニューヨーク州法、イングランド・ウェールズ法(いわゆる英国法)など、情報量が多く、ビジネスの世界で準拠法として広く使われている国の法律が好まれることが多い。
ただ、そもそも取引に関係のない第三国の法律を準拠法として指定できるかという論点があることには注意が必要である。一般論としては、商取引の場合、当事者の準拠法選択は尊重される傾向があるといわれているが、例えば、米国の各州法では、州法を準拠法として定めるためにその州との合理的関連(reasonable relation)を要求することが多いようである。ただ、国際取引で準拠法として指定されることの多いニューヨーク州法の場合、取引総額が25万米ドル以上の契約等であれば、労働、個人取引等の例外を除き合理的関連性は不要とされている(NY General Obligations Law Article 5-1401)。なお、この議論は企業間取引を想定したもので、交渉力に差のある消費者取引や労働関係の契約は別である。後述するように、例えば、日本の法適用通則法では、消費者取引や労働関係について、契約での準拠法合意の効力を制限する定めを置いている(同法11条・12条)。
なお、馴染みがあるかどうかとは別に、そもそも各国の実体法の内容が一方当事者にとって有利・不利に働くことは考えられる。例えば、日本法では、代理店契約などのいわゆる継続的契約関係の終了について、取引継続への期待が判例法上保護されており、一方当事者が契約書通りに解約した場合でも賠償請求が認められる場合がある。また、国によってはフランチャイジーや代理店を保護する制定法を制定している国もある。その一方で、契約文言通りに継続的契約関係の終了が認められやすい国も存在しており、例えばシンガポール法はそのような傾向があるとされる。そこで、契約文言通りに契約終了できるようにしておきたい当事者にとっては、後者の国の法律を準拠法として指定することで、契約書の文言通りに終了させられる可能性を高めることができる。
(iv) 準拠法指定の限界
準拠法の指定には一定の限界がある。
例えば、日本を常居所地とする消費者と事業者との間で締結した消費者契約の準拠法が第三国法(X国法)で、X国には日本の消費者保護法のような消費者保護法が存在しない場合を考えてみると、そのような準拠法選択を無制限に認めると、日本の消費者保護法の強行法規が簡単に回避できてしまい、強行法規として契約自由の原則に制約を課している意味がなくなってしまう。このため、日本の法適用通則法では、準拠法選択自体は有効としつつ、日本を常居所地とする消費者は、日本の消費者保護法などの強行法規の適用を主張できるとしている(同法11条1項参照)。
労働関係についても同様である。日本の労働契約法では無期雇用者の解雇が厳格に制限されているが(労働契約法16条)、日本での雇用について、解雇規制の緩やかな国の法律を準拠法と指定し、その結果日本の労働契約法の適用を排除できるのであれば、強行法規である労働規制が簡単に回避できてしまう。このため、消費者のケース同様、日本の法適用通則法では、日本を再密接関連地とする労働契約の労働者は、強行法規である日本の労働契約法上の解雇規制の適用を主張できるとしている(同法12条1項参照)。
なお、日本の法適用通則法が適用されるのは、日本の裁判所に訴訟が提起される場合である。この点後述するように、日本に住所を有する消費者の消費者契約や、契約上の労務提供地(不定の場合や雇入事業所地)を日本とする労働契約について、消費者や労働者は日本の裁判所に提訴できるとされている(民事訴訟法3条の4)。また、そもそも消費者契約や労働契約での合意管轄は限られた場合しか認められない(民事訴訟法3条の7)。
なお、これまで説明した強行法規とは別に、「強行的強行法規」といわれるものがあり、こちらは当事者の準拠法合意でそもそも排除できない。何が「強行的強行法規」なのかは必ずしも明確ではないのだが、国家の政治的・社会的・経済的秩序の意味を目的とする法規で、例えば、いわゆる業法、独占禁止法、外為法、労働基準法、労働組合法、最低賃金法などはこのカテゴリーに属すると通常考えられている。これらの法規制は、もともと当事者の準拠法合意では排除できないものであり、また、事項的・場所的適用範囲にある場合は、訴訟で当事者が主張しなかった場合でも適用される。
(v) 動産売買ウィーン条約
このほか、国境を越えて行われる企業間の動産売買には、準拠法として指定された法律の民商法の規定ではなく、ウィーン売買条約(正式名称は「国際物品売買契約に関する国連条約」(CISG))が優先適用される可能性があるため、注意が必要だ。例えば、CISG1条1項(b)により、日本の会社と海外の会社との間の国際動産売買で、契約で日本法を準拠法として指定した場合、日本の民商法の規定ではなくCISGが優先適用される。もっとも、CISGは契約で適用排除が可能であり、従来、CISGには馴染みのない当事者が多いことから適用排除することも多かった。ただ最近は、CISGの判例も蓄積されてきており、また、自国法を準拠法に指定できない相手国の当事者にとっては、CISGであれば情報を入手しやすいことから、CISGを適用することも考えられる。もともと、CISGが制定されたのは、少なくともいずれか一方の当事者にとっては外国法が適用されてしまい、多くの国の法律を知らなければいけないという国際取引の不便を解消しようというものである。
CISGの適用を排除したい場合は、「The application of the United Nations Convention on Contracts for the International Sales of Goods shall be excluded.」(和訳:国際物品売買契約に関する国連条約の適用は排除する)などと準拠法条項に書き加えておけばよい。
2.裁判管轄(Jurisdiction)
裁判管轄条項は国内契約でも入っていることが多いが、国際取引の場合は、どこの国で裁判するかによって大きく違うため、裁判管轄条項はとりわけ重要な条項である。
(1) 条項の例
Each party irrevocably agrees that the XXX District Court shall have exclusive jurisdiction to settle any dispute or claim arising out of or in connection with this Agreement (including non-contractual disputes or claims).
(和訳)各当事者は、本契約に基づきまたは本契約に関連して発生する一切の紛争または請求(契約上ではない紛争または請求を含む)の解決について、XXX地方裁判所が専属的管轄を有することに、撤回不能の合意をする。
「including non-contractual disputes or claims」(契約上ではない紛争または請求を含む)とは、この契約に関する事項であっても、契約違反ではなく不法行為(tort)を請求原因として請求する場合もあるため、契約上の権利自体ではないものも含むという意味である。
なお、日本の民事訴訟法では、裁判管轄の合意は「一定の法律関係に基づく訴えに関し」、「書面で」(電磁的記録を含む)しなければならない(民事訴訟法3条の7第2項、11条2項)。したがって、例えば、当事者間で今後発生するあらゆる紛争についての裁判管轄の合意は、合意しても無効である。
(2) 専属管轄 vs 非専属管轄
裁判管轄には、専属管轄(exclusive jurisdiction)と非専属管轄(non-exclusive jurisdiction)の2種類がある。上のサンプルの文章は、専属管轄である。専属管轄は、その裁判所にしか訴えることができない、という意味であり、非専属管轄とは、その裁判所「にも」訴えることができる、という意味である。裁判管轄条項を入れる目的は、どこの裁判所で審理されるか当事者の予見可能性を高める点にあることが多いから、契約書で非専属管轄を定めることは少なく、専属管轄とすることが多い。さらに、非専属管轄の場合は、国際的二重起訴のリスクもある。民事訴訟法142条で禁止される国内での二重起訴とは異なり、国際的二重起訴は原則として制限がなく、複数の国の裁判所に管轄が認められる場合、複数の訴訟が係属してしまおそれがある。そうなると、対応の労力やコストも増してしまうし、矛盾する判決が出る可能性もある。専属管轄を定めておけば、国際的二重起訴を予防できるため、この意味でも専属管轄が望ましいといえる。専属管轄としたい場合は契約書でその旨明記しておくべきである。準拠法にもよるが、明確でないと非専属管轄と推定されることもある。
(3) 管轄合意の限界
当事者が書面で国際管轄の合意をしたとしても、そのまま有効と認められるとは限らない。例えば日本法を例にとると、消費者取引・労働関係では、国際管轄の合意は限定的にしか認められない(民事訴訟法3条の7第5項・第6項)。
消費者契約についての国際裁判管轄の合意は、基本的に、消費者契約締結時に消費者が住所を有していた国の裁判所に訴えを提起できる旨の合意のみが有効と扱われる(なお、専属的合意として定めた場合でも非専属的合意と扱われる。)。ただし、それ以外の合意でも、消費者がその国の裁判所に訴えた場合や、事業者からの訴えの中で消費者が合意を援用した場合は有効とされる。
個別的労働関係民事紛争についての国際裁判管轄の合意は、基本的に、通常の(雇用開始時に締結する)雇用契約に国際管轄合意を定めても有効と扱われず、労働契約終了時にされた、その時点の労務提供地の国の裁判所に訴えることができる合意のみが有効と扱われる(こちらも、専属的合意として定めた場合でも非専属的合意と扱われる。)。ただ、こちらも消費者契約の場合と同様、上記以外の同意でも、労働者がその国の裁判所に訴えた場合や、事業主からの訴えの中で労働者が合意を援用した場合は有効とされる。
(4) どの国の裁判所を管轄裁判所として指定するか
どこの裁判所を管轄裁判所と指定するかは、契約交渉で争点となりやすいポイントの一つである。
(i) 自国の裁判所を指定するか。
日本の当事者にとって、日本の裁判所を指定するのが有利と考えられがちであるが、常にそういえるわけではない。
日本の裁判所を指定すれば、普段の日本の弁護士が訴訟を担当でき、日本語で訴訟できるため、訴訟自体はやりやすい。外国の裁判所の中には、汚職で公平な裁判がされないおそれがある国もあるといわれるが、日本の裁判所は、汚職の話はほぼ聞くことはなく、公平な裁判は期待できる。このように、日本の裁判所で訴訟進行することで、訴訟自体は相当やりやすくなる一方で、デメリットもある。
裁判で判決をとった場合に相手が自発的に判決に従わない場合は、強制執行の手続に進まざるを得ないが、日本の裁判所の判決を強制執行できない国は少なくない。執行の可否は条約等ではっきり定められない部分も多く、過去の判例を調べる必要があるケースが少なくないが、はっきりしないことも少なくない。したがって、相手方がその国の中にしか資産がなく、かつ日本の裁判所の判決に自発的に従う見込みがない場合は、日本の裁判所で判決をとってもあまり意味がない。逆に相手方が日本で裁判を起こし判決を取った場合は、日本の資産に対して問題なく強制執行できる。そうすると、強制執行が必須で資産が各本拠国にしかないとすると、自国の裁判所の専属管轄を定めると一方的に不利益を被ることになりかねない。なお、仮に相手の本拠国で裁判を起こして判決をとれば強制執行できるとしても、そもそも契約で日本の裁判所を専属管轄として合意している以上、訴訟要件を満たさず訴えが却下されてしまう可能性が高い。
また、訴訟に入る前の「送達」でも不利になる可能性がある。自国の裁判所に、外国の会社を被告として裁判を起こす場合は、相手国の主権との関係で、領事館等を通じた「国際送達」という手続きが必要であり、裁判がスタートするまで相当時間がかかるケースがある。こちらも、相手方から日本の裁判所に訴訟を起こす場合は、国際送達ではないので、こちらのケースではスムーズに裁判がスタートする。この点も、ここだけをみると一方的に不利になるといえる。
ではどうするか。
当該外国の裁判に慣れているようなケースを除き、自国の裁判所の方が裁判がやりやすいのは否定できず、強制執行の問題がないのであれば自国の裁判所を指定するのが望ましい。また、強制執行ができない場合であっても、裁判所の確定判決を無視するとレピュテーション上の問題を生じるので、レピュテーションを気にする相手方であれば判決に自発的に従う可能性も十分ある。
他方、日本の裁判所の判決で強制執行するのが難しく、かつ判決に自発的に従わなさそうな場合は、相手方の国の裁判所を指定することが考えられる。
ただ、そもそも国際取引で紛争解決方法として訴訟を使うかどうか、という問題があり、海外での執行の容易性、秘密保持、専門性などの観点から、国際紛争の解決方法としては、訴訟より後述する国際仲裁を選択することが多い。
(ii) 米国訴訟の注意点
米国訴訟は、ディスクロージャーの負担、陪審裁判の可能性、高額な弁護士費用に注意が必要である。陪審裁判は、結果が読みづらいうえ海外企業に不利になりやすいといわれており、陪審裁判を受ける権利は原則として放棄できるため、特殊事情がない限り契約書に陪審裁判の権利放棄(waiver of jury trial)の条項を入れておくとよいだろう。なお、「権利放棄」というのは、双方が陪審裁判を受ける権利を放棄することで、相手方がこちらの意に反して陪審裁判にするよう求めることができなくなる、ということである。なお、一部の州(カリフォルニアなど)では、原則として事前の放棄ができないといわれているため、注意が必要である。
陪審裁判の権利放棄の条項のサンプルは以下の通りである。重要な権利の放棄である、という理由で、すべて大文字で書かれることが多い。
EACH PARTY HEREBY IRREVOCABLY WAIVES, TO THE FULLEST EXTENT PERMITTED BY APPLICABLE LAW, ANY RIGHT IT MAY HAVE TO A TRIAL BY JURY IN ANY LEGAL PROCEEDING DIRECTLY OR INDIRECTLY ARISING OUT OF OR RELATING TO THIS AGREEMENT OR THE TRANSACTIONS CONTEMPLATED HEREBY (WHETHER BASED ON CONTRACT, TORT, OR ANY OTHER THEORY).
(和訳)各当事者は、適用法で許される最大限度において、本契約または本契約により企図される取引に基づき直接的にまたは間接的に生じまたはそれらに関連する一切の法的手続き(契約に基づくものか、不法行為に基づくものか、またはそれ以外の理論に基づくものかを問わない)において、その有しうる陪審裁判についての一切の権利を、取消不能の形で放棄する。
なお、米国訴訟のディスクロージャーはかなり負担ではあるが、自社が原告として相手に請求する立場で、かつ十分な証拠を持っていない場合は、請求を根拠づける証拠を入手する有力な手段でもある。そうすると、自社が裁判で請求する側に立つ可能性が高いのであれば、管轄裁判所として日本の裁判所より米国の裁判所を指定しておいた方が有利になる可能性がある。また、米国の訴訟法では「証拠の優越」で事実関係を立証できるため、一般論として、「高度の蓋然性」が要求される日本よりも立証のハードルも低い。この点でも、原告側に立つ場合、米国の裁判所の方が有利になり得る。
(iii) 交渉がまとまらない場合の対応策
お互いに自国の裁判所の専属管轄を要求して交渉がまとまらない場合は、裁判を起こされる側(被告地)の国の裁判所を管轄にすることも考えられる。被告の所在国の裁判所に裁判を起こしたほうが強制執行もスムーズとなるため、合理的な方法といる。
また、例えば準拠法をニューヨーク州法として裁判管轄を日本の裁判所にする、という風に、準拠法と裁判管轄をお互い譲り合うケースもある。これも準拠法・裁判管轄の交渉が折り合わないときに、折衷案として出てくることのあるアイデアであり、法的には可能だが、裁判官は他国の法律には通じていないので、海外の法律を学者や弁護士の意見書等で主張立証する必要が出てきてしまい、裁判手続きが面倒になる点には留意が必要だ。なお、被告地管轄の場合でも、(どちらが訴えを提起するかによるが)準拠法と、審理する裁判所の国が違ってくるケースが出てくる。
3.仲裁(Arbitration)
(1) 仲裁とは
仲裁とは、やや乱暴な言い方をすると両当事者の合意に基づくオーダーメイドの裁判のようなもので、裁判所の判決に相当する「仲裁判断」は、裁判所の確定判決と同様の効力がある。なお、この効力は、各国の仲裁法規(日本では仲裁法45条)が根拠だ。日本国内では裁判所への信頼が高いからかあまり普及していないのだが、国際取引の紛争解決方法としてはポピュラーな方法である。
(2) 裁判と仲裁の比較
国際取引で仲裁がよく使われる一番の理由は強制執行が容易だからだ。これまで説明してきたように、ある国の裁判所で判決をもらっても他国では強制執行できないことは珍しくないが、仲裁判断は、ニューヨーク条約の加盟国であれば強制執行できる。ニューヨーク条約は150か国以上が加盟しており、条約上は大半の国で強制執行できるということだ。ただ、インドネシア等一部の国は、ニューヨーク条約加盟国ではあるが、海外の仲裁判断の執行については滞ったり認められないことが多いとの指摘がある。
そのほか、仲裁には以下のメリットが指摘される。
・専門性のある仲裁人を選ぶことができる・・・裁判の場合は裁判官を選べず、ビジネス上の紛争の場合、裁判官がビジネスを十分理解して判決を出してくれるかという懸念がある。仲裁の場合は、その分野に精通した仲裁人を選ぶことができる。
・中立性・・・国によっては裁判所の判断が自国有利になることがあるといわれるが、仲裁は、とりわけ第三国での仲裁の場合、中立性が高い。
・手続が非公開・・・裁判は原則として公開されるが、仲裁は非公開であり、レピュテーション上のダメージを避けられるほか、企業秘密や営業秘密を守るうえでもメリットがある。なお、仲裁が行われたこと等は、上場会社で適時開示義務の対象になる場合は開示せざるを得ないが、それでも、仲裁の審理内容や仲裁決定書が公開されないことは大きい。
相手方が米国企業の場合、米国で裁判をすると陪審裁判やディスカバリーの負担がかかることが多いが、仲裁ではその負担を避けられる。ただ、仲裁でも、米国訴訟ほどのディスカバリーは通常ないが、ある程度のディスカバリーをやることが多い。なお、仲裁人が米国人だと、米国の訴訟実務の影響から、比較的大規模なディスカバリーをやりがちであるといわれる。
また、これは仲裁のメリットでもありデメリットでもある点だが、仲裁は訴訟と違って上訴できないため、迅速に判断が確定することが多い。他方、癖のある仲裁人に当たって変な仲裁判断がなされた場合でも、上訴して判断を変えてもらうことができない怖さはある。
また、仲裁では仲裁人の報酬を当事者が負担しなければいけないため、費用が裁判に比べると費用がかさむ要因になる。もっとも、裁判で上訴され手続きが長引いた場合は、裁判での弁護士費用がかなりかさむ可能性があり、裁判と仲裁のどちらがコストが安いかは難しいところだ。なお、日本では弁護士費用は各当事者が負担するが、国際仲裁の場合、原則として敗訴者負担になる。
なお、費用については、弁護士費用を含めた仲裁コスト高騰を背景に、サード・パーティー・ファンディング(TPF)という、仲裁申立人が第三者のファンド(サード・パーティー・ファンダー)から仲裁に必要な資金を調達し、仲裁に勝って相手方から賠償金等を得た場合にその一部を成功報酬としてファンドに支払うスキームが海外では広く用いられている。TPFでは、仲裁で仲裁申立人の主張が認められなかった場合は、費用はファンドが負担し、申立人は費用を負担せずに済むため、仲裁申立てをするハードルが下がる。ただ、TPFは、日本では弁護士法などとの関係で適法性に議論もあり、現状あまり活用が進んでいないようである。
(3) 仲裁条項のドラフティング
仲裁にする場合は、契約書等に仲裁条項を入れておく。例えば、日本のJCAAを仲裁機関として指定する場合は、JCAAが以下のようなモデル条項を用意しているため、原則としてそれを契約書に書いておけばよい。なお、モデル条項に書いてある内容以外に、仲裁人の数、要件(国籍、資格、経験等)、仲裁手続言語なども指定することができる。
(日文)
この契約から又はこの契約に関連して生ずることがあるすべての紛争、論争又は意見の相違は、一般社団法人日本商事仲裁協会の商事仲裁規則に従って仲裁により最終的に解決されるものとする。仲裁地は東京(日本)とする。
(英文)
All disputes, controversies or differences arising out of or in connection with this contract shall be finally settled by arbitration in accordance with the Commercial Arbitration Rules of The Japan Commercial Arbitration Association. The place of the arbitration shall be Tokyo, Japan.
(4) 「仲裁機関」と「仲裁地」
「仲裁機関」とは、仲裁手続の支援をする機関であり、必須ではないが、仲裁機関を使う方がスムーズに手続きを進められ、通常、あえて回避する理由もないので、ほとんどのケースでは仲裁機関を利用する。その場合、契約書にあらかじめ仲裁機関を書いておく。仲裁機関としては、ICC(パリ)、AAA(米国)、SIAC(シンガポール)などが世界的に有名だ。日本の仲裁機関としてはJACCがあるが、現状JACCは知名度・取扱件数が大きくないため、日本企業が当事者となる契約でも、JACCを仲裁機関として定めることは必ずしも多くない。むしろ、SIAC(シンガポール)の知名度が高いことから、特に対アジアの取引ではSIACを指定するケースが多いと思われる。他方、仲裁機関としてJACCを指定できれば、海外の契約相手方がJACCでの仲裁を避けたいと考える可能性もあり、海外の契約相手方に強いプレッシャーとなり、紛争時に有利な立場で交渉できる可能性もある。
「仲裁地」というのは、仲裁に適用される法律を決める基準となる場所である。たとえば東京を仲裁地にすると、日本の仲裁法が適用され、仲裁判断の取消しをする場合は東京の裁判所となる。なお、東京を仲裁地にできる仲裁機関は、JACCのほか、ICCもある。
なお、「ヒアリング」と呼ばれる、当事者を集めて行う冒頭陳述・証人尋問などを物理的に行う場所は「仲裁場所」(venue of arbitration)といい、概念としては「仲裁地」(seat of arbitration)と別である。例えば、仲裁合意で日本を仲裁地と定めた場合でも、シンガポールで証人尋問を行うことは可能だ。もっとも、実際には、仲裁合意で仲裁地として指定した場所でヒアリングも行われるのが通常である。また、近時はそもそも特定の場所によらず、ウェブ会議でヒアリングを行うこともある。


