雇用契約書に何を書くべきか
雇用契約書とは、企業と従業員の間で締結される契約書であり、労働条件や雇用関係に関する取り決めを明確にするための法的文書です。雇用契約を口頭で交わすことも可能ですが、労働基準法では一定の事項については書面(または電子データ)で明示することが義務付けられています。契約書を作成することで、労使間のトラブルを未然に防ぎ、双方の権利と義務を明確にすることができます。
雇用契約書の法的根拠と作成義務
1. 労働基準法における規定
雇用契約書の作成は、労働基準法に基づき義務付けられています。特に、以下の事項は必ず書面で労働者に明示する必要があります(労働基準法第15条、労働基準法施行規則第5条)。
- 労働契約の期間
- 就業場所及び従事すべき業務の内容
- 始業・終業時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日・休暇に関する事項
- 賃金の決定・計算・支払方法、締切日・支払日
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
企業がこれらの事項を明示しなかった場合、労働基準法違反となり、罰則の対象となることがあります。
2. 労働契約法との関係
労働契約法では、労働契約の基本原則を定めており、雇用契約書はこの法律に準拠する必要があります。特に、
- 労使対等の原則(労働契約法第3条)
- 労働条件の明示義務(労働契約法第4条)
- 就業規則との関係(労働契約法第7条)
などが雇用契約書の作成において重要になります。
雇用契約書の主な記載事項
労働基準法第15条では、雇用契約書(または労働条件通知書)に記載すべき事項が定められています。これには、大きく分けて必須記載事項と努力義務のある記載事項があります。
1. 必要記載事項(絶対的記載事項)
(1) 労働契約の期間
- 有期契約か無期契約かを明記
- 無期契約の場合で試用期間を設ける場合には、試用期間
- 有期契約の場合、契約期間の開始日・終了日を明示
- 更新の基準(業務の継続性、勤務評価など)や手続きを明確化
【記載例】
①無期雇用:「乙は、2024年4月1日から2024年6月30日までの3か月を試用期間とし、試用期間が経過したときは、その翌日付をもって、正社員として採用する。ただし、甲は、試用期間中の健康、勤務成績、能力等を評価して、乙を社員として適当でないと認めたときは、正社員として本採用しないことがある。」
②有期雇用:「本契約の期間は、2024年4月1日から2025年3月31日までの1年間とする。ただし、甲および乙の双方の合意があった場合には更新することができる。」
(2) 就業場所及び従事すべき業務の内容
- 具体的な勤務地(本社・支店・工場・リモートワーク可否)を特定
- 配置転換・出向・転籍の可能性やその条件を記載
- 従事すべき業務の詳細(職種、具体的な業務内容、役職など)
【記載例】
「乙は、株式会社●●の本社(東京都千代田区)において、営業職として勤務し、甲が定める業務を行うものとする。ただし、甲の業務上の必要に応じて、勤務地および職務内容を変更することがある。」
(3) 労働時間・休憩・休日・休暇
- 始業・終業時刻、所定労働時間を具体的に記載
- 時間外労働の有無とその上限時間
- 休憩時間(法定の休憩時間45分以上)、休日(週1回以上)、有給休暇の取得条件
- シフト勤務の場合は、シフトの決定方法・通知期間を明示
【記載例】
「所定労働時間は、1日8時間、週40時間とし、始業時刻を9時、終業時刻を18時とする。休憩時間は12時から13時までの1時間とする。ただし、必要があるときは、甲は乙に対して所定時間外労働を命じることができる。」
「毎週土曜日、日曜日、年末年始(2024年12月29日から2025年1月3日)及び国民の祝日を休日とする。ただし、業務上の都合により、甲は乙を臨時就業させ、または休日を他の日に切り替えることができる。」
「休暇については、当社就業規則第●条に定めるところによる。」
(4) 賃金の決定・計算・支払方法
- 基本給、手当(通勤手当、住宅手当、資格手当、家族手当など)を明記
- 賃金計算方法(時給制・月給制・歩合制・出来高制の詳細)
- 賃金の締切日と支払日、支払い方法(銀行振込・現金など)
- 時間外・深夜・休日労働の割増賃金率
【記載例】
「基本給は月額300,000円とし、毎月末日締めの翌25日に銀行振込により支払うものとする。」
(5) 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
- 自己都合退職の申し出期限(通常1か月前)
- 会社都合退職(整理解雇・業務縮小・懲戒解雇)の要件と手続き
- 退職時の手続き(業務引継ぎ、会社財産の返却、最終給与支払いなど)
【記載例】
「従業員が自己都合により退職を希望する場合は、退職希望日の1か月前までに書面にて申し出るものとする。」
※企業がこれらの絶対的記載事項を明示しなかった場合、労働基準法違反となり、罰則の対象となることがあります。
2. 相対的記載事項(記載が望ましい事項)
(1) 賞与・昇給の有無と条件
- 賞与の支給有無、支給基準、時期
- 昇給の有無、査定方法
【記載例】
「賞与は年2回(6月・12月)支給し、会社の業績および従業員の評価に基づき決定する。」
(2) 退職金の有無と計算方法
- 退職金の支給有無、支給基準、時期
- 退職金の計算方法
【記載例】
「乙が3年以上勤務した後に退職しまたは解雇された場合には、甲は乙に対し、退職又は解雇のときの基本給に3か月分相当額を、退職金として支給する。ただし、甲は乙が第●条により懲戒解雇された場合においては、退職金の全部または一部を支給しないものとする。また、退職金支給は、甲の業績等を考慮して、減額または不支給とすることがあり、乙は、これをあらかじめ承諾する。」
(3) 副業・兼業の許可条件
- 副業・兼業の許可基準、申請手続き
- 禁止事項(競業避止義務に関する事項)
【記載例】
「乙は、甲の許可を得ずに他の職業に従事してはならない。ただし、事前に書面で申請し、甲が承認した場合はこの限りではない。」
(4) 競業避止義務や秘密保持契約(NDA)の有無
- 競業避止義務の適用範囲、期間
- 退職後の秘密保持義務
【記載例】
「乙は、退職後1年間、同業他社に勤務することを禁止する。また、在職中および退職後2年間、業務上知り得た機密情報を第三者に漏洩してはならない。」
雇用契約書作成時の注意点
1. 法律に準拠すること
- 労働基準法や労働契約法に違反しないようにする
- 最低賃金を下回る給与設定は不可
- 法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える場合、36協定の締結が必要
2. 労働者が理解しやすい内容にする
- 法的な表現が難しくなりすぎないように注意する
- 労働条件を明確にし、曖昧な表現を避ける
3. トラブル回避のために証拠を残す
- 労働契約書は書面(紙)または電子データで保存する
- 労働者と雇用主が双方署名または押印を行う
雇用契約書の種類
雇用契約書には、以下のような種類があります。
1. 無期雇用契約書(正社員向け)
- 期間の定めがなく、定年まで継続的に雇用される契約
2. 有期雇用契約書(契約社員・アルバイト向け)
- 一定の契約期間(例:6か月、1年)が定められた契約
- 更新の可否や基準を明示する必要がある
3. パート・アルバイト契約書
- 労働時間や賃金の設定がフルタイム労働者とは異なるため、別途作成
雇用契約書に関連する法的問題の詳細解説
雇用契約書に関する法的問題は多岐にわたり、企業と従業員双方に影響を及ぼす可能性があります。ここでは、主な法的問題を詳しく解説し、それぞれのリスクや対策について説明します。
1. 労働条件の不一致
問題点
雇用契約書に記載された労働条件と、実際の労働条件に違いがあると、トラブルが発生します。特に、採用時の口頭説明と雇用契約書の内容が異なる場合、労働者が「騙された」と感じ、訴訟や労働基準監督署への相談に発展することがあります。
具体例
- 面接時に「残業なし」と説明されたのに、雇用契約書には「時間外労働あり」と記載されていた
- 業務内容が契約書と異なり、実際には別の仕事を強制された
- 賃金の額や支払い方法について、労働者が事前に聞いていた内容と契約書が異なる
法的リスク
- 労働契約法第6条「労働契約は、労働者および使用者が対等な立場で締結するものとする」
- 労働基準法第15条「使用者は、労働契約を締結する際に、労働者に対し労働条件を明示しなければならない」
- 実際の労働条件が契約書と異なる場合、労働基準監督署から是正勧告を受ける可能性がある
対策
- 面接時の説明と契約書の内容を一致させる
- 労働条件通知書を従業員に配布し、認識の齟齬をなくす
- 労働者に契約内容を十分に説明し、合意を得る
2. 契約期間のトラブル(有期雇用・無期転換)
問題点
有期雇用契約(契約社員、アルバイトなど)の場合、契約更新や雇止めに関するトラブルが発生しやすいです。特に、長期間更新していたにも関わらず、突然更新を拒否されるケースが問題になります。
具体例
- 5年以上契約更新を続けた労働者が「無期雇用契約への転換」を求めたが、会社が拒否
- 契約社員に対して、更新時に説明もなく雇止めを通告
- 更新が期待される状況であったのに、合理的な理由なく契約更新を拒否
法的リスク
- 労働契約法第18条「同一の使用者の下で5年を超えて有期契約を更新した場合、労働者は無期雇用契約への転換を申し込む権利がある」
- 労働契約法第19条「有期契約が繰り返し更新され、合理的な期待がある場合、不当に雇止めをすると無効となる可能性がある」
対策
- 有期雇用契約書に「契約更新の基準」を明記する
- 5年ルールを考慮し、更新回数の管理を徹底する
- 雇止めの際は、合理的な理由を説明し、事前通知を行う
3. 未払い賃金・残業代請求
問題点
労働者が適正な賃金を受け取っていない場合、未払い賃金請求をされるリスクがあります。特に、残業代が適切に支払われていないケースが多発しています。
具体例
- 残業をしても「みなし労働時間制」や「固定残業代」で済ませ、追加支払いをしない
- 給与計算が曖昧で、法定割増賃金が支払われていない
- 給与の締め日・支払日が契約書と異なる
法的リスク
- 労働基準法第24条「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」
- 労働基準法第37条「時間外労働には割増賃金を支払う義務がある(25%以上)」
- 賃金未払いが発覚すると、労働基準監督署から是正勧告を受け、悪質な場合は罰則もある
対策
- 固定残業代制度を利用する場合、時間数と金額を明確に記載する
- 賃金計算の方法を明確にし、労働者に説明する
- 時間外労働の記録を厳密に管理し、適正な賃金を支払う
4. 不当解雇
問題点
企業が労働者を解雇する場合、「合理的な理由」と「社会的相当性」が必要です。これらを満たさない解雇は、「不当解雇」として無効になることがあります。
具体例
- 成績不振を理由に即日解雇
- 妊娠・育児休業取得を理由に解雇
- 「会社の方針に合わない」という曖昧な理由で解雇
法的リスク
- 労働契約法第16条「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない場合は無効」
- 不当解雇が認められると、解雇撤回や賃金支払い命令を受ける可能性がある
対策
- 解雇事由を雇用契約書や就業規則に明記する
- 解雇する場合は、適正な手続き(事前通告・警告・指導)を経る
- 労働者の権利を侵害しないよう、法的アドバイスを受ける
5. 労働条件の一方的な変更
問題点
会社が一方的に労働条件を変更することは、原則として認められません。労働者の合意なく給与や労働時間を変更すると、労働契約違反となる可能性があります。
具体例
- 会社の経営悪化を理由に、給与を一方的に引き下げ
- 事前通知なくシフト制を導入し、休日を変更
- 役職変更により、業務内容を大幅に変更
法的リスク
- 労働契約法第8条「労働契約の内容を変更するには、労使双方の合意が必要」
- 一方的な労働条件変更は、損害賠償請求や労働紛争の原因となる
対策
- 労働条件の変更は、労働者と協議の上で合意を取る
- 変更理由を説明し、合理性を確保する
- 就業規則の改定を行い、適法な手続きを経る
まとめ
雇用契約書の内容を適切に管理し、法的トラブルを未然に防ぐことが重要です。
適正な労働環境を維持し、トラブルを回避するために、契約内容を慎重に作成・運用する必要があります。
